こないだニユースで知つたんだけど、嫌煙の世の中今後存續出來るのだらうか。
“禁煙”してる人でも年に1度堂々と煙草を吸える機會だつたりして。
官憲の規制に大聲上げて反對するほどには、出版社の「自主規制」には文句出ないよね。
都が“青年向け”であるかさうでないか「仕分け」してくれるんだから、「自主規制」なんかやめたらいいのに。
「都知事は若い頃よつぽど『破廉恥』な作品を書いてるくせに規制なんかできた身か」なんてのは條例改正が可決される前から言はれてたが、まあ石原知事は「俺の書いたものは藝術だ」と胸を張つて言へるだらうね。…“前非”を悔いたから規制する側にまはつたとか。
もつとも條例を可決したのは都知事ぢやなくて都議會なのだが。まあ都議會よりは都知事のはうが“標的”にはしやすいだらうけど。
反對派も、漫畫家や出版社の人間を都知事選に立候補させりやいいのに。公約は「青少年健全育成條例の撤廢、エロマンガの合法化」。ちばてつや先生あたりなら當選しなくもなささうな。
アメリカで禁酒法が施行されてたとき、酒がマフイアの資金源、“闇市場”化したけど、マンガもさうなつたりして。
コミケや同人誌專門店なんかすでに“さう”なつてるか。今や同人誌も商業誌に遜色無い出來だし。
ふりかけを近所のコンビニに買ひに行つたら丁度「仮面ライダーオーズふりかけ」しかなくて、洒落で買つてみたら、中身は子ども向けだからと云つて甘くしてあるわけでもなく、普通のふりかけだつた。
で中身が、たまご・おかか・さけ・小魚なのね。
たまごと、魚を「とと」とも言ふから「タ」と「ト」は揃つてる。「馬鈴薯澱粉」でも入つてたら「バ」も揃ふのにな、と原材料欄を見てたら、「バター」が入つてた。
さすがに「オーズふりかけ」はアマゾンでも扱つてなかつた。「のりたま」はあるんだけど…
内容についての解説は以下參照。
本書において、「死」についてなぜ人間は特別な感情を抱くのか、と言ふことに就いて、まず“死體”は“汚染源”であり、捕食者を招き寄せる危險な存在である。一方でそれは知つてゐる人間であり、しかし今後新たな關係が築かれることはない。さうした“死體”に對する樣々な認識が複数の「推論システム」に働きかけ、「死」に説明を輿へ、それが他人の「推論システム」にも傳達されることで、「宗教」となる。
無論「死」は宗教の一側面でしかないが、前にぼくも「なぜ宗教は『死』について扱ふのか」と云うことを考へたことがあり、本書からするとぼくの考へはあながち間違つてもゐないやうである。
ただ、これも前にぼくが言つた「「信仰」は「自分は『何のために』ここにゐるのか」といふ問ひかけに對する答へである」、と云ふやうなのは「科学と“共存”するために“理想化”された宗教でしかない」とも本書では述べており、ここはぼくも考へ直してみるべきかと思つた。
宗教を信じる人間は、特別“愚か”と云ふわけでも“蒙昧”と云ふわけでもない。人間の「認知推論システム」は信心深い人間でも無神論者でも變はるところはなく、特別差異があるわけでもない。ボイヤー氏が言ふ通り、現實に人間は宗教を信じるのだから、「宗教は迷信でしかない」と“排除”するのではなく、「なぜ人間は宗教を信じるのか」を研究するはうが“科學的態度”であるとぼくも思ふ。
この本を讀んだあと、とりあへず佛壇に手を合はせたくなつた。
近所でやつてたので見てきた。宝くじの助成で安かつたし。
「オールチャイコフスキープログラム」と言ふことで、曲目は「幻想序曲『ロミオとジュリエット』」、「ピアノ協奏曲第1番」、「交響曲第5番」だつたんだけど、知つてゐる曲は「ピアノ協奏曲第1番」の第1樂章だけだつた。途中うとうととしてしまつたんだけれども、うとうとしながらも結構聞き入つた。知らない曲でもやはりプロの生演奏は聞かせるものだ。かへつて知らないはうが次の展開が分からず、聞き入るのかもしれない。
むしろ「くるみ割り人形」とか「白鳥の湖」とかのはうが知つてるぶん油斷して本格的に寢ちやつたりして。あ、でも“国立歌劇場”專屬樂團としては音だけやるわけにはいかないのかな。
「荒らし・粘着はスルー」といふのが“ネットマナー”とされてゐるが、野嵜さんは「“スルー”は荒らし・粘着を容認することだ」と主張してゐて、そのため粘着には徹底的に批判する。
すると批判された粘着は大抵かう言ふ。「こつちを粘着だと言ふなら、野嵜だつて粘着ではないか」と。
これは反論にはなつてゐない。
「自分は粘着ではない」と論證するなら—“粘着”以外の何物でもないことがほとんどなのだが—これは“反論”ではある。
しかし「お前も粘着だ」と言ふのは反論ではなく“居直り”でしかない。「〈たしかに粘着は惡いことだ、だが〉こつちを粘着だと言ふなら、野嵜だつて粘着ではないか」と、粘着が“非”であることを認めた上で、しかし責任を他者に押し附けてゐるからだ。責任を轉嫁したところで、自分の“非”が消えるわけではない。
…出前? ちよつと違ふな。自分で用意した食材を外で調理してもらつて持ち帰つて食べるのつてなんて言ふんだろ。
フランスでは假綴じの本を買つて、業者に依頼して製本するさうだけど。
この場合、本そのものには著作權はなくて、中身の印刷物にある、といふことになるのだらうか。
日本では最初から出版元が製本した本が商品として賣り出されるわけで、出版元に“製本”の著作權があり、“個人”の範圍を超えてしまふ“自炊代行”はアウトと言ふことになると思ふ。
むかしファミコンのカセツトコピー機なんてのがあつたな。…つて今でも「マジコン」つてのがあるのか。
就活は3年生からが當たり前、1年生でも早過ぎはしない、つて時代になつてしまつたやうだ。
しまひにや受驗生の段階から「この大學に入つてかういふ勉強をしますから、貴社に就職を希望します」とかなつたりして。
…そりやある意味まちがつちやいないのか。進學つてのは卒業後の進路も見越してだから。
“青田買ひ”を通り越して“苗買ひ”? “籾買ひ”? “先物買ひ”?
近所のスーパー行つたら「食玩」のコーナがあつて、男の子向けと女の子向けで分けてあつて、「ボーイズ」「ガールズ」とポツプが立ててあつた。
「ボーイズ」には「ゴセイジャー」とか「仮面ライダーオーズ」とか、「ガールズ」には「プリキュア」とか置いてあつたんだが。
「エヴァ」のフィギュアが「ガールズ」に置いてあつた。
いやまあ、たしかに女の子のフィギュアではあるけど。「ガールズ」。うーん「ガールズ」……
この商品は「BOX」、いはゆる「大人買ひ」なので注意。
バンダイのサイトを見てたら「けいおん」の食玩もあつたんだけど、これはその店には無かつたが、どつちに置かれるんだらう。